シネマレビュー「地上より永遠に」(米・1953)

情報館なんでも広報紙「情’s People」 No.3, 2003年3月

「地上より永遠に」というアメリカの映画がある。それを見たのは小学校の四年生のころだったか。だとすれば、一九五四年のことだ。そのころは、自分一人で映画館に行ったりはしなかった。映画を選ぶのも、もちろん子どもではなく親か学校の先生だった。あの映画を選んだのは母親だった。一つちがいの兄と私のふたりは、母に連れられて、あまり客の入っていない映画館にいた。それも、学校のある日に。

刺激の強い映画だった。暴力と、男と女。最後は戦争のはじまり、真珠湾だ。なぜ、母はあの映画を見せたのだろう。事前検閲をしていなかったということだったのか。いや、ポスターにも、看板にも、肌もあらわな男女の抱きあう姿が描かれていた。それを見ながら、母は断固として切符を買ったのだ。私は字幕を読んでいたろうか。そんな記憶はいっさいない。あるのはただ、非情な組織に存在する男たちのイメージ。リンチに敵討ち、殺し。登場するのは、バート・ランカスター、モンゴメリー・クリフト、フランク・シナトラ、デボラ・カー。デボラ・カーはえらそうな上官の奥さんだが、バート・ランカスターと浜辺で抱きあってしまう。小学生の心臓はドキドキしっぱなしだった。

最後の最後、日本軍機の奇襲。ほんとうに兵隊を動かせるのは結局は現場の下士官、軍曹のバート・ランカスターだが、空に向けて機銃をうちまくる彼らが生き延びるのかどうか、映画は教えない。兄も私も、母も、一度も笑顔にならずに黙りこくって電車にのり、家路についたのを憶えている。日本の敗戦、アメリカの勝利から八年後、朝鮮戦争終結の年に作られた「地上より永遠に」が明確な軍隊批判の映画だったからだろうか。それとも母は、絶望的に命がけの友情を、あるいは男女の強烈な愛を、教えたかったのだろうか。明治天皇を敬愛し、テレビに皇室のことがでれば身をのりだしていた母だったが、そんなふうにして、私をアメリカ映画の「シネマ・パラダイス」に案内した。